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第58回:「学は人たる所以を学ぶなり」 ― 吉田松陰先生の教えとエグゼクティブコーチング ―

久野 正人 久野 正人

「学は人たる所以を学ぶなり」 吉田松陰先生の有名な語録の一つです。

学ぶのは知識を得るためでもなく、職を得るためでもなく、己を磨くため。
お役に立つためでも、役目を果たすためでもなく、 世の中の為に己がすべきことを知るため。

という意味だそうです。
つまりは、「人について学ぶこと」
「人としての正しい生き方について学ぶこと」です。

NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の影響もあり、 書店では松陰先生関係の書籍を目にすることも多くなりました。
そこで本コラムでは、エグゼクティブコーチングについて、 その本質を松陰先生の教えに触れながら考察してみたいと思います。

昨年11月に私は萩の松陰神社を訪問し、そこで宮司の上田俊成様から 神社の社務所で単独一時間、お話を伺う機会を頂戴しました。
学校の先生のご経験を持つ上田宮司は、私に一つの質問を投げかけました。

「松下村塾は、なぜ1年あまりの短い期間に、 あれほどの逸材を輩出できたのかを久野さんは知っていますか?」 

そこには、4つの「カギ」が存在します。

  • 自分自身の志をもつ
    「志を立ててもって万事の源となす」

    志とは何か・・・世の中を良くしようという思い、
    心のエネルギーは「私」ではなく「公」へと向かうベクトルである、 と明治大学教授の齋藤孝氏は著書「吉田松陰語録」で述べています。
    私的な願望から公への貢献・還元はリーダーシップの源です。
    組織の優れたリーダーになるためには、利他の精神をもって、 それを実行する(有言実行)覚悟が必要です。

    そのために、優れたリーダーを目指す組織のリーダーには、 自分中心の天動説的考え方(自分を中心に世の中が回っている)から、 他者(部下、同僚、上司及び外部の関係者)と共に組織や社会の 目的の達成をめざす地動説の考え方と行動にその軸をシフトする 行動変革が求められます。

    人は「私」から「公」へと自分の軸を移すことで真のリーダーとなり、 その行動にフォロワー(賛同者、共感者)が出現し、 やがてそれは大きな渦となり組織にイノベーションが生まれます。
    自分自身の志(ミッション・ビジョン)を考えてみることは、 自分の人生戦略を真剣に練り上げるということ。
    それは「どう生きたいか」ということに他なりません。

    コーチングの1シーン例:

    コーチ:「お勤めの会社のミッション・ビジョンはお聞きしましたが、では、Aさんは個人としてどんなミッション・ビジョンをお持ち でしょうか?」

    Aさん:「・・・(しばし沈黙)・・・、私個人のでしょうか?考えたことがありませんでした。」

    コーチ:「Aさんは今48歳ですが、これからのビジネスパーソンとして65歳までとその後の15年(80歳まで生きるとして)の人生を どう生きたいですか?」

    Aさん: 「目の前の忙しさにかまけて、5年先のことすら考えられない状態で自分が本当にやってみたいことなど考える余裕さえないのが 残念ながら現状です。」

    コーチ:「一日の内で自分のことを振り返り、未来を考える時間を 取っていますか?」

    Aさん:「いいえ、全く取れていません。とにかく忙しくて。」

    コーチ:「今のままでいいと思いますか?」

    Aさん:「いいえ、まずは5分でも考える時間を取ってみたいと思います。」

    コーチ:「いいですね。出来ること(5分から)から始めましょう。」

    (以降、コーチングセッションは続く・・・)

  • 知行合一
    「古を執りて今を論じ難ければ皆空論なり」

    「行動や振る舞いに応用されない知識は、どんなにすぐれていても 意味のないデータに過ぎない」(ピーター・ドラッカー)。
    「実践第一、知ることは手段であり目的ではない」。
    松陰先生の歴史教育は地図をそばにおいて行われたといわれています。
    「知」は「行」の一部であって分けることのできないとする「知行合一」 の考え方は、ビジネスの世界における重要な姿勢を示しています(「吉田 松陰 松下村塾 人の育て方」より)。

    知識を実践し、成功裏に結び付けるためには思考力、判断力、実行力が 必要であり、まさに組織のリーダーに求められることは会議での知識の 応酬ではなく、実践する知(実践知)です。
    頭でわかっていてもいざ行動に移せない多くの日本人エグゼクティブや 次世代リーダーを実践知型リーダーに変える支援を行うのが エグゼクティブコーチの役割です。

    知識を実践に移して成果を得るためには、 多くの関係者に関心を持ち、質問を投げかけ、意見を聴き、受入れ、 ビジョンを示して、分かりやすい言葉で相手に理解させ、 関係の質を高めることが前提となります。
    トップダウン型だけで牽引できない現在の複雑な環境下での組織では、 関係の質が良くない状態で物事を実現することは困難です。
    エグゼクティブコーチングは、知識を実践に応用するための 「フレームワーク」を提供し、組織のイノベーションを加速させる 支援を行います。

    コーチングの1シーン例:

    コーチ:「あなたを含む組織メンバーにとっての今年の最大の課題は 何ですか?」

    Bさん:「イノベーションを起こして、競争力あるサービスを提供し、 競争優位に立つことです。」

    コーチ:「では、イノベーションに関する知識はどんな方法で学んだの ですか?」

    Bさん:「昨年、メンバー全員が外部セミナーや関連図書を読んで、 準備をしてきました。」

    コーチ:「十分な知識をお持ちなんでしょうね?」

    Bさん:「そうですね、みんな頑張りましたから・・・」

    コーチ:「ではその知識をどんなふうに実践に生かしているか、 いくつか実践例を教えていただけますか?」

    Bさん:「・・・・(しばし沈黙)・・・、ほとんど実践には移せていない 気がしています。」

    コーチ:「それはもったいないですね。何故移せないのでしょうか?」

    Bさん:「先延ばしでしょうか・・・。案はあっても実行するには いろいろな人を説得し、理解を得なければならず、 時間もかかるし、面倒ですからね。」

    コーチ:「小さな実験をやってみるのはどうでしょう?完璧にやろうと するから、大きな抵抗にも直面します。失敗するリスクも 小さくて済むのではないでしょうか?」

    Bさん:「それは良いアイデアですね。さっそく、1件トライしてみます!」

    (以降、コーチングセッションは続く・・・)

  • 個を磨く
    「今年の抄は明年の愚となり、明年の録は明後年の拙を覚うべし」

    「今の自分の頭で一生懸命まとめたノートが、一年たって成長してから 読むと、どうしてこんなつまらないことを書いたのだろうということに なる」(「吉田松陰 松下村塾 人の育て方」より) という意味だそうです。
    集合体ではなく、まずは個人が自分で自分を発見し(自己を認識する)、 自分の足りなさを知り、どうしたらそれが埋めることが出来るかを考え、 行動する。松下村塾では、塾生の個性を重んじて、複数での学びの機会でも、基本的には1対1で向き合うスタイルが選択されたそうです。

    討論、講義、会読(みんなで読む)、対読、作文、武芸、野外作業を通して、塾生の個のスキルと志に磨きをかける。
    松陰先生が取ったスタイルは「ソクラテス・アプローチです」とは、 上田宮司の弁。塾生に問いかけ、考えさせ、認識を深めさせる。
    そのアプローチによって、塾生は主体性を持ったリーダーへと成長して いきました。

    (「パワー・クエスチョン」より)
    普通のアプローチ ソクラテスのアプローチ
    意見を述べる        相手を考えさせる質問をする
    その道の専門家になる   相手の専門知識を引き出す
    知識を共有する          相手の経験を引き出す手助けをする
    言葉の意味を決めてかかる  言葉の意味について質問する
    解決法を指示する   解決法を相手に求める
    自分の賢明さを示す 相手の賢明さを示す
    分析する         総合的に考え、全貌を見る

    エグゼクティブコーチングでは、クライアントのリーダーシップを高める 支援をすることにフォーカスします。リーダーシップの最初のステップは 「個が見えない旅に一歩踏み出す」ことにあります。
    それは、自分を成長させることでもあります。

    まずは自分自身を育む(lead the self)。個のスキル、人間性を磨いて、 問いかけ傾聴し、伝え、そして周囲を導き(lead the people)、 その結果、組織に成果をもたらす(lead the innovation)。
    コーチングでは、リーダーシップを高める行動変革テーマを決めて、 実践と省察を継続させながら「個を磨く」支援をしていきます。

    コーチングの1シーン例:

    Cさん:「今日は部下の育成について相談があります。」

    コーチ:「育成のどんな点についてでしょうか?」

    Cさん:「どうしたら部下が私の後任として育ってくれるのか、 具体的な育成方法についてのヒント、アドバイスが欲しいです。」

    コーチ:「部下が“育った状態”とは、どういう状態をイメージ していますか?」

    Cさん:「自分と同じレベルのスキルを持っている、部下をリードできる、 ほとんど任せても大丈夫等々・・。」

    コーチ:「部下を育てる前に、あなたは上司としてあなた自身をどの様に 育んでいますか?」

    Cさん:「・・・(しばし沈黙)・・・マーケティングの本を読んだり、 イノベーションのセミナーに参加したり、といった感じです。」

    コーチ:「ソフトスキル(コミュニケーションスキルなど対人関係スキル)はどうですか?」

    Cさん:「まったく学ぶ機会を持てていません。 確かに、人について学ぶことをしなければ、人を育てることは 出来ないですね。」

    コーチ:「部下はあなたが人について学んでいる姿を見て、どう感じる でしょうか?」

    Cさん:「きっと信頼できる上司だと思ってくれるのではないかと・・・。 そして、自ら学び始めてくれることでしょう。」

    (以降、コーチングセッションは続く・・・)

  • 至誠に生きる
    「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり」

    真心を持って全ての関係者に対応することは、サーバント型リーダーシップに通じるものがあり、組織のリーダーにとって極めて重要な資質です。
    松陰先生は幼少の頃に叔父の玉木文之進にスパルタ教育を受けたことで、 苦痛を伴わないで自然体で至誠を貫けたと、上田宮司は語ってくれました。

    松陰先生の至誠の根底には孟子の性善説があると言われていて、 誠意を尽くせば実現しないことなどないとの想いは、安政の大獄後の 幕末の志士たちの討幕の行動のトリガー(引き金)となりました。
    至誠に向けたリーダーの行動が、組織にイノベーションを起こす原動力 となることをまさに自らの死をもって実証されたわけですが、リーダーの 至誠はストレスフルなビジネス環境において、構成員のモチベーションと 組織のエンゲイジメント(結束力)を高める源になってきます。

    リーダー自身もストレスがかかるプレッシャーの中で、 その行動が人としての軸からずれている認識を持てなくなってきています。
    自身の行動を客観的に見つめなおし、日々内省を高め、 行動をキャリブレーション(矯正)していくための支援は エグゼクティブコーチングの重要な要素です。

    コーチングの1シーン例:

    コーチ:「最近、部下の方々との関係で、どんな課題がありますか?」

    Dさん:「私の想いがなかなか伝わっていない様で、主体性を持って動いて くれません。指示したことはきちんとやってくれますが、 自らやるという姿勢が見えないんです。」

    コーチ:「部下のことではなく、自分にはどんなことが未だ足らないと 思いますか?」

    Dさん:「伝える内容が分かりにくかったり、伝える表現力に問題が あるのかもしれません。」

    コーチ:「他には?」

    Dさん:「仕事に対する情熱や部下のことを想う気持ちがまだまだ不十分 なのでしょうか。」

    コーチ:「そうだとしたら、あなたがやるべきことは何でしょうか?」

    Dさん:「部下に関心を持ち、問いかけ、部下の気持ちの奥深い部分を聴き、 私が支援できることは何かと尋ねることが重要ではないかと 思います。」

    コーチ:「それは素晴らしいことです。毎日、あなたの想いのレベルを チェックする習慣をつけてみましょう。」

    (以降、コーチングセッションは続く・・・)

    ■エグゼクティブコーチングの本質
    「学は人たる所以を学ぶなり」。
    エグゼクティブコーチングは、組織のリーダーが日常の忙しさと プレッシャーから一時(いっとき)解放され、立ち止まって自分を 見つめなおし、「人について学ぶ」、「人としての正しい生き方について 学ぶ」機会を提供するプロセスです。

    リーダーシップを高めるとは、「自分に問いかけ」、「自分自身を発見し (自己認識)」、「自分はどうあるべきか(目的意識)」を考え、 それを実践する困難に立ち向かい(内省のプロセス)、 自力で自分を磨いていくスキルと人間性を高めていくことに相違ありません。
    組織図の「ポジション(役職タイトル)リーダー」から 「人としてのリーダー」への進化のお手伝いが出来ることは エグゼクティブコーチとしての醍醐味でもあり、 またコーチ自身にとっての大いなる挑戦でもあるのです。

    幕末という列強からの脅威の環境下で、グローバルに思考・実践できる 人材育成をソクラテス・アプローチという革新的な教育手法を使って 「実践した」松陰先生は、まさに当時の「コーチの神様」であったのだと 強く確信しています。
    今、ビジネスのリーダー一人一人が主体性を高め、 その総和として「リーダーシップの総量」(「採用基準」より)を 増やすことが、組織にイノベーションをもたらすことになります。

    「1年という極めて短い期間に幕末・維新の英傑を輩出した」松陰先生の 松下村塾の教えを学ぶ、そして、そこから我々の未来を考える。
    「歴史に学ぶ」とはこういうことなのかもしれません。

    (追記) 5月末に私の主催する私塾(久野塾)のメンバー40名で松下村塾を再訪 することにしています。昨年11月の初訪問以降、数冊の関連図書を読み、 久野塾幕末維新研究会の3回の勉強会で、幕末・維新の人物と歴史的出来事 について参加者と対話してきました。5月の訪問でどんな発見が出来るか、 今から楽しみにしているところです。

    【参考文献】

    ・「吉田松陰 松下村塾 人の育て方」(桐村晋次著 あさ出版)
    ・「超訳 吉田松陰語録」(齋藤孝著 キノブックス)
    ・「吉田松陰 留魂録」(致知出版社)
    ・「吉田松陰異端のリーダー」(津本陽著 角川学芸出版)
    ・「幕末史」(半藤一利著 新潮社)
    ・「優れたリーダーはなぜ立ち止まるのか」(Kevin Cashman著 英治出版)
    ・「リーダーシップの旅」(野田智義、金井壽宏著 光文社新書)
    ・「採用基準」(伊賀泰代著、ダイヤモンド社)
    ・「パワー・クエスチョン」(アンドリュー・ソーベル、ジェロルド・パナス著 阪急コミュニケーションズ)

執筆者プロフィール
久野 正人(ひさの・まさと)

ビジネスコーチ株式会社 統括パートナーエグゼクティブコーチ
株式会社エム・シー・ジー 代表取締役
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ

1981年、慶應義塾大学法学部卒業。
古河電気工業株式会社入社。人事、海外事業、資材部、ブラジル駐在。
その後、日本サン・マイクロシステムズ(経理課長)、日本シリコングラフィックス(サービス企画部長、経理本部長)を経て、
2000年、米国大手医療・研究機器メーカーであるベックマン・コールター株式会社入社。
CFO、事業部長を経て、2005年に代表取締役社長就任。
2011年末に同社を退職し、2012年1月にプロのエグゼクティブコーチとして独立。 株式会社エム・シー・ジー代表取締役。
http://www.mcginc.jp/index.html

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