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第74回:「交剣知愛」―自分と他者を育む「惜しむ心」

金澤 信 金澤 信

「交剣知愛」という言葉を聞いたことはありますか?
剣道の言葉で「剣を交えておしむを知る」と読みます。

学生時代に師範の先生からその意味を教えてもらったことがあります。

「愛」というのは、おしむ(惜別)、大切にして手放さないということを意味しており、「交剣知愛」とは、あの人ともう一度稽古や試合をしてみたいという気持ちになること、またそうした気持ちになれるような稽古や試合をしなさいという教えを説いた言葉であり、剣道を通じてお互いに理解し合い人間的な向上を図ることを教えた言葉です。

試合に勝っても傲慢にならず、試合をしてくれた相手に感謝し、たとえ負けても自分の弱点を教えてくれたことに感謝の気持ちを持てるような試合をしなければいけない。
そしてまた、この人と試合や稽古をしてみたいという気持ちにお互いになることの大切さを説いています。

相手がいてくれて初めて自分の強さを証明することもでき、また自分の弱点にも気づくことができます。
ですから常に謙虚になり、相手を敬い大切にして手放さない心を持つことが、自分自身の成長に繋がると説いている言葉です。

では、ビジネスの世界ではどうでしょうか。

コーチングを行なっていると、成功している優秀なクライアントでも、「敬意を表さない」「人の話を聴かない」「自説にこだわる」「周囲を責める」
「感謝の気持ちがない」「自責で考えない」方がとても多いと感じます。

皆さんは自分がそういう目に遭ったことや、反対に誰かをそういう目に遭わせたことはありませんか?

自分と異なる考え方を示してくれた人に「感謝する」、部下が自分の指示通りのアウトプットができなかったのは、部下が理解しやすい指示ができなかった「自分に責任がある」。
あるいは会議で自分の主張が通らなかった時に「説得材料が不足だった」「論理性に欠けていた」等、自責で考え、そのことを教えてくれた相手に感謝をする。

頭ではわかっていても、なかなか言動や行動に移すのは難しいものです。

人間はどうして自分の行動を変えることができないのでしょうか。
今回は行動経済学の「プロスペクト理論」の側面から見てみたいと思います。

伝統的経済学では、人間は合理的な行動をする経済人であると説明しているのに対し、行動経済学では、人間は論理的につじつまの合わない行動をするものと説明しています。

プロスペクト理論は、心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが1979年に発表したリスク化における意思決定分析に関する理論で、2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
(トヴェルスキーは1996年に他界したためカーネマンのみが受賞)

プロスペクト理論の認知的特徴の一つに「損失回避性」があります。
損失回避性とは、「人間は利得と同額の損失を、利得よりも1.5〜2.5倍大きく感じる」というものです。

左記のプロスペクト理論を示した図を見ると、一見S字カーブを描いているようですが、左右は非対象になっています。
つまり、損失が利得と同額であっても、その心理的価値は利得の時に比べて大きく下がっています。

例えば1万円もらうのと、1万円失うのでは、失う方が1.5倍から2.5倍心理的影響が大きくなります。
昇格した喜びよりも、降格したつらさの方がはるかに上回ることになります。

カーネマンはある雑誌のインタビューでこう言っています。
「人間は今自分が持っているものを失うことに恐怖心を感じる。たとえその可能性が非常に低くても、何かを失うかもしれないという可能性があるだけでも恐れを抱く。その恐れの感情が論理的思考を妨げる。」
これこそが、人間が現状維持バイアスにとらわれていく原因となります。

人類はその歴史の99%が狩猟採集生活であり、いつも飢えと戦ってきました。
いま持っている食料を失うことへの恐怖心に毎日さらされてきたわけで、この不安を司るのが大脳辺縁系であり、大脳新皮質が大きく発達した現代人もいまだに大脳辺縁系から送られてくる恐怖や不安の情報に捕らわれてしまいます。
つまり現状維持バイアスというのは、人類の進化の歴史の中で脳の中に培われてきたものなのです。
(出典:「売り方は類人猿が知っている」 ルディー 和子著 日経プレミアシリーズ)

ビジネスの場でもこれは同様に言えることだと思います。
新たなものを手に入れるためには、失わなければならないものがあります。
しかし、人間はこれを大変嫌がります。
今までと違う態度や行動をすることで、何かを失ってしまうことに恐怖感を感じてしまいます。

それには、時間、金銭、労力以外に、威厳、安楽さ、自分のイメージなども含まれます。

しかも、変わることによって得られるかもしれないものは見えませんが、そのために失うものは、はっきりと見えています。

この大脳辺縁系が引き起こす損失回避性が、現状維持バイアスを引き起こしてしまいます。

では、どうしたらこの大脳辺縁系の働きから逃れてより良くなるための行動変革ができるのでしょうか。

世界No.1のコーチであるマーシャル・ゴールドスミス博士は、最新の著書「トリガー」(日本経済新聞出版社、斎藤聖美氏訳)の中で、人間が変わりたいと思っていても変われない大きな理由に「環境」の影響を挙げています。

マーシャルは、人間は「環境」に極めて大きな影響を受けていて、実は「環境」に無意識のうちにコントロールされていると言っています。

そうであるならば、自分を変えたければまず「環境」を変えてみてはどうでしょうか。

人間は一日の中でも様々な環境に身を置き、その環境の影響で言動や行動が変わります。

良い成果が出るように環境を予想し、悪い結果になるような環境を回避し、環境を認識した上で行動を調整することの重要さをマーシャルは説いています。

会議でいつもと違う席に座る。
親とゆっくりと話をする。
大学で学ぶ。
同窓会の幹事をやる。
誘惑のある場所へ行かない。
一人で思索にふける。

「自分が本当になりたいと望んでいる自分」になるために、環境をコントロールすることで、脳のいたずらに惑わされずに自分を変えることができます。

人は誰でも自分自身を変える権利と能力を持っています。
「またあの人と会いたい」「意見を聞きたい」「また議論をしたい」そしてお互いに向上をしたいと思う。
それは自分を変えることで叶うもの。

40年近く前に教わった「交剣知愛」の教えを、いま改めてかみしめています。

執筆者プロフィール
金澤 信(かなざわ・まこと)

ビジネスコーチ株式会社 パートナーエグゼクティブコーチ
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
CSLコーチング株式会社代表取締役社長
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー

1958年札幌市生まれ。
1982年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
サッポロビール株式会社(現サッポロホールディングス株式会社)入社。千葉支社営業企画部長、福島支店長(現南東北支社長)、東海北陸本部マーケティング部長、近畿圏本部外食営業部長、広域営業本部営業推進部長を経て、丸大食品株式会社とのチルド食品合弁事業、安曇野食品工房株式会社設立にあたり、マーケティング部長に就任。社内でコーチング手法を活用し、2年間で売上高を60%増、営業利益を約8倍に飛躍させた。
2013年7月にサッポロホールディングス株式会社を早期退職し、CSLコーチング株式会社を設立。同時にビジネスコーチ株式会社のパートナー・エグゼクティブコーチ(BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ)も務めている。

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