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    『変革を実現する丸紅の人財戦略』
    ~経営戦略に連動した人事制度改革~

【HRエグゼクティブサロン 第11回】
『変革を実現する丸紅の人財戦略』
~経営戦略に連動した人事制度改革~

在り姿の実現に向けて、経営戦略と連動した人事制度・施策の抜本的な改革を推進

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丸紅株式会社は日本と海外を含めると133拠点、連結対象会社456社という巨大なネットワークを持つ総合商社です。2018年には丸紅グループの在り姿として「Global crossvalue platform」を制定し、今後10年を見据えた目標を明文化しました。人事制度にとどまらない風土変革の必要から、既存の枠組みを超える施策を推進し、2019年には中期経営戦略“GC2021”を公表し、経営戦略に連動した人事制度の抜本改革に着手しています。「第11回HRエグゼクティブサロン」では、同社の執行役員 人事部長の鹿島 浩二 氏をお招きし、どのような人財戦略に取り組んでいるのか、講演を行いました。

執筆者

ビジネスコーチ株式会社 セミナー事務局

登壇者のご紹介

<登壇者>
丸紅株式会社 執行役員 人事部長
鹿島 浩二 氏

1989年、慶應義塾大学理工学部卒業後、丸紅株式会社に入社。入社時配属から現在に至るまで一貫して人事業務に従事。2001年から米国・ニューヨーク駐在。2007年に帰国後、人事部企画課長として、人事戦略策定、人事制度改定、ダイバーシティ推進などを担当。2013年に中国・北京駐在、2015年からは営業のグループ企画部副部長としてHRBP的役割を担った後、20174月 人事部長、20204月 執行役員人事部長に就任、現在に至る。現在、人財戦略として「マーケットバリューが高い人財が育ち、活き、繋がる丸紅人財エコシステムの形成」を掲げ、処遇制度、タレントマネジメント、働く環境の3つの視点から人事制度改革に取り組んでいる。


<モデレーター>
HRエグゼクティブコンソーシアム
代表楠田 祐 氏

NECなどエレクトロニクス関連企業3社を経験した後、ベンチャー企業を10年間社長として経営。2010年より中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクー ル)客員教授を7年経験した後、2017年4月より現職。2009年より年間数百社の人事部門を毎年訪問。専門は、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問なども担う。2016年より人事向けラジオ番組『楠田祐の人事放送局』のパーソナリティを毎週担当。シンガーソングライターとしても活躍。著書に『破壊と創造の人事』(Discover 21)、『内定力 2017 ~就活生が知っておきたい企業の「採用基準」』(マイナビ)などがある。

史上最高収益の裏側で経営陣が抱いていた危機感

丸紅株式会社は2017年、続けて2018年に史上最高益を出しました。会社としては、とても業績の良い状態だったのですが、経営陣には非常に大きな危機感がありました。当時の社内報には「時代は大きな転換点を迎えています。デジタルトランスフォーメーションに代表される事業環境の激変によって、私たちは生き残りをかけた変革を迫られています」と書かれています。


社内会議でも社長から次のような発言がありました。「今やっていることをそのまま続けていると、当社は10年後おそらく生き延びられない。変化はチャンスというが、もはやそういった次元の話でなく、今の変化に対応できるかどうか、(中略)できなければ存続できなくなる可能性があるという危機感を持っていただきたい」。史上最高益を出していたにもかかわらず、このままでは会社の将来は危ういと経営陣は考えていたのです。

経営陣は、海外の経営者たちと話すなかで、これから起こる変革の時代を敏感に感じ取り、危機感を募らせていたのです。鹿島氏は「当時は最高益を喜ぶ従業員と経営陣との感覚に隔たりがあって、危機感を社内に浸透させるのは大変でした」と話しました。

そこで丸紅では、「既存の枠組みを超える」という変革のスローガンを掲げました。この考え方のひとつが「従来の縦割りを超えて事業を創造していく発想」です。エネルギー事業であればエネルギー事業、電力事業であれば電力事業といった縦割りの組織を超えて事業を創造していかなければならない、挑戦していけなければならないということ。また、「同質性の高い集団思考を脱して多様な見方や価値観を取り込んでいく姿勢」「従業員一人ひとりが挑戦に積極的になるためのマインドセットの切り替え」ということです。

そして、丸紅の存在理由を言葉にするべく、2018年に「丸紅グループの在り姿」を「Global crossvalue platform」としてまとめました。

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在り姿のポイントは「社会課題」や「社会・顧客に向けてソリューションを創出」「クロスさせて新たな価値を創造」です。鹿島氏は「当社でもプロダクトアウトに囚われていた面があり、『エネルギーを扱っているのだからエネルギーを売る』という発想になっていました。しかし、エネルギーを用いて社会課題となっていることを解決する、という発想に変えていかなくてはならないのです」と語りました。

総合商社というものは時代に応じてビジネスモデルを変えていくものであり、時代ごとに必要なものをいち早く察知して提供することで、社会の課題を解決するお手伝いをしてきたので、その原点を見つめ直したのです。

改めて社会課題、顧客の課題に取り組んでいくと、場合によってはひとつの営業本部だけでは解決できないことも生じます。例えば食料事業とエネルギー事業が一緒に取り組まなければならない課題があるかもしれません。そういったことを「丸紅グループの在り姿」の制定によって、社内に浸透させていったのです。

「既存の枠組みを超える」にはどうするか

2018年には「既存の枠組みを超える」施策を展開しました。組織としては、デジタルとイノベーションを担うCDIOChief Digital Innovation Officer)という、CFOCSOと並列のポストを設定しました。その下に「次世代事業開発本部」を設置し、これまで取り組んできていないような領域に取り組んでいくことになりました。

画像3.png“「人財」×「仕掛け」×「時間」”という呼び名を付けた施策も展開します。これは、さまざまな施策の集合体で、人事部だけで行ったものではなく、経営企画部や次世代事業開発本部、広報部などとも一緒になって取り組みました。

既存の枠組みを超える」――人財

「人財」の発想力を今以上に広げるため、自分とは異なる価値観や思考、経験に触れ合える環境を創るための施策をいくつか展開してきました。

・丸紅アカデミア
丸紅グループ全社員から約30名を選抜して、1年間に4回のセッションを行うものです。先進的な知識を身に付けたり、丸紅グループ内での取り組みについて理解を深めたりして、イノベーションを先導するリーダー作りを目指します。

・社外人財交流プログラム
提携している会社への出向・同社からの出向という交流を12年という期間で実施しています。丸紅グループ外の会社で経験を積むことで、今まで気づかなかったことや、丸紅の価値を改めて見出すといったことにつなげるのが狙いです。これは人事部が主導して行った施策です。


・トライアングル・メンター

新人ひとりに対してメンターをふたり付ける制度です。新人が所属する部署外の人、あるいは世代も違う人と三人組を作ります。より幅広く人間関係を構築することで、新人はもちろんメンター側も刺激を受けることができます。これも人事部が主導して行った施策です。

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「既存の枠組みを超える」――仕掛け

いろいろなアイデアを具現化するための仕掛けを作る取り組みも展開してきました。


・ビジネスモデルキャンバス(BMC)

社内でどんなビジネスがあるのかを理解していない人が多いという課題があり、約300のビジネスモデルを見える化して、社員であれば誰でも見られるようにしました。これによって、ビジネスモデルを掛け合わせるヒントや気づきなどにつながることが期待されます。


・ビジネスプランコンテスト

丸紅グループ全社員を対象とした、新規の事業企画を競い合うオープンコンテストです。このコンテストで入賞すると社内起業家として、提案した事業を行うための時間や費用を提供して、企画した事業を実現する機会を与えています。実現した企画も形にならなかった企画もありますが、そのプロセスの中で人財の成長や新規事業の企画を事業化するためのノウハウの蓄積などができています。

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「既存の枠組みを超える」――時間

新しい価値を創造するために、限られた時間をどのようにして確保するのかも考えてきました。


・業務改善プロジェクト

今までも業務改善は行ってきたものの、従来とは異なるレベルでのさまざまな取り組みを行っています。これによって「15%ルール」を使える時間を捻出する目的もありました。


・15%ルール

社員が担当している分野での業務改善につながることや、まったく携わっていない別の営業本部のことなどに、就業時間の15%を充てられる制度です。これは社員個人の意思によって行うもので、強制ではありません。就業時間の15%というのも、あくまでも目安です。


・どこでもワーク

オフィス以外の場所でも勤務できるように、2018年から始めました。この施策のおかげで、新型コロナウイルスが流行した際にもスムーズに、在宅勤務へと切り替えることができました。
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2018年に行ったこれらの取り組みについて鹿島氏は「『既存の枠組みを超える』取り組みの運用にあたり、等級制度や評価制度には手を付けていません。組合交渉や制度の改定といったことを行う必要もなく、すぐに始められることを実行してきました」と振り返りました。

“GC2021”グループ人財戦略――丸紅人財エコシステムの実現

2019年から中期経営戦略“GC2021”がスタートしました。ここで重視しているのが「丸紅人財エコシステム」です。鹿島氏は「マーケットバリューの高い多様な人財が生き生きとつながって活躍する、エコシステムの実現を考えています。そしてそこへまた、マーケットバリューの高い人たちが集まって活躍していく……我々はこれを追求していきたいと思っています」と話しました。

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このエコシステムを実現するために、評価制度や報酬制度などを一気に変更することとなります。人事部だけでなく、経営会議で10回以上議論しながら作り上げ、2021年の7月にすべての導入が完了しました。経営会議では、まず丸紅の人事制度がどうあるべきかについて意見を出し合い、次の5つを「コアとなる概念」と定めました。


・実力本位
・チャレンジ
・現場
・オーナーシップ
・オープンコミュニティ


そして実際の施策として、大きく3つに分類しています。


・処遇
・タレントマネジメント
・働く環境


処遇の新しい仕組みとして、ミッションレーティングがあります。これは、その年の役割(ミッション)に応じて等級を決めようというものです。役割が大きければ等級が大きくなりますし、小さければ等級は小さくなり、過去からの連動はありません。それまでの蓄積とは関係なく、その年のミッションに応じて変わっていくという仕組みになったのです。


15%ルールの利用などにより、組織を超えて取り組んだことに対して成果が出たときにそれを評価する仕組み、クロスバリューコインも始まりました。各営業本部の本部長にコインを預けて、組織を超えた貢献があった社員にコインを渡して評価し、ボーナス時にキャッシュ化できます。


総合職になると転勤があるために、一般職の社員が総合職にチャレンジしにくいという課題がありました。そこで、チャレンジしたい一般職の社員が能力を発揮できるように、転勤をともなわない総合職のコースも作られました。
画像9.jpg鹿島氏は「“GC2021”の具体的な施策を、2020~2021年にかけて一気に取り組んでいるのが今の状況です。人事制度を大きく変えたので、社内での混乱を回避するため、現場に近いところに人事部員を配置して、スムーズな導入を心がけました」と述べました。

経営戦略と人財戦略の連動

鹿島氏は、経営戦略と人財戦略の連動について、どのように意識して取り組んできたのかを時系列でまとめました。


2018年度からは社長がメッセージ動画の配信を始めています。月1回程度の配信をしており、メッセージ動画の中で人事制度についても言及しています。


動画配信を始める前の2017年から社長と部長の対話セッションも行ってきました。経営陣が抱いている危機感を社員にどのように伝えていこうかと考えたときに、現場の最前線にいる部長たちと対話がしたいということで始まったのです。すべてのセッションに同席した鹿島氏は「社長と部長のやり取りを目の当たりにしたことが、制度改定を考えるにあたっての大きなベースになったと思います」と振り返りました。


2020年度から社長は社員とオンラインの意見交換会を頻繁に行っています。社長ひとりに対して社員10~20人というセッションで、一人ひとりと会話をしています。


2021年度からは「タレントマネジメントコミッティ」を立ち上げています。これは社長、そして人事部担当であるCAO、経営企画部担当であるCSO、経営企画部長、そして人事部長の鹿島氏を主要メンバーとする人財戦略会議です。新しい人事制度がうまく機能しているのかどうか、中長期的な課題としてのダイバーシティ、リーダー開発、人財の配置など、大きなテーマを議論する会議です。
画像2.jpg鹿島氏は最後に、これまで行ってきた人事制度改革について、「今の制度が100%のものだとは思っていませんし、社員にもそのように伝えています。つまり走りながら都合の悪いところ、うまくいかないところは変えていこうと宣言しています。毎年行っているエンゲージメントサーベイの結果なども参考にしながら、改革を継続しています」とコメントし、講演を締めくくりました。

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