【HRエグゼクティブサロン 第9回】
豊田通商におけるグローバル人事戦略
~組織人材マネジメント~
人的資本経営のためのグローバルカンパニー豊田通商の「多角化事業を支える人事戦略」
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HRエグゼクティブサロン
世界120カ国のステークホルダーとともに、現地に入り込んだ事業立ち上げを特徴とする豊田通商株式会社(以下、豊田通商)。世界的企業の大型M&Aを通じて企業規模が急速に拡大する中で、異文化の統合やそれぞれの個性を生かしたダイバーシティ・インクルージョン(D&I)の推進が課題となっています。目下、グローバル人材と万国共通の企業文化醸成に力を入れながら、経営戦略に連動した人事戦略の構築に邁進しています。「ヒューマンキャピタル」(人的資本)に根差した視点で、人材育成から組織開発まで積極的に取り組む豊田通商のCHRO(最高人事責任者)濱瀬氏をお招きし、豊田通商におけるグローバル人事戦略について講演を行いました。
執筆者
ビジネスコーチ株式会社 セミナー事務局
登壇者のご紹介
<登壇者>
豊田通商株式会社 CHRO(最高人事責任者)
濱瀬 牧子 氏
ソニー株式会社にて、国際⼈事、Sony University設⽴・運営、NYにてタレントマネジメント、⽇本初インド採⽤等採⽤変⾰、国内関連会社⼈事総務責任者、本社人事統括部長など、戦略⼈事から労務⼈事管理まで⼈事全般を歴任。2013年株式会社LIXIL⼊社。執⾏役員、上席執⾏役員を経て、理事(グローバル⼈事本部⻑)及びGROHE Holding GmbH取締役、グローバルHQの組織⼈事ガバナンス、COEを統括。2019年6⽉、豊⽥通商株式会社のCHRO(最高人事責任者)に就任。経済産業省等省庁委員、経営系専門職大学院認証評価委員、経済同友会委員会副委員長、大学アドバイザリーボードメンバーも務める。
<モデレーター>
HRエグゼクティブコンソーシアム
代表楠田 祐 氏
NECなどエレクトロニクス関連企業3社を経験した後、ベンチャー企業を10年間社長として経営。2010年より中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクー ル)客員教授を7年経験した後、2017年4月より現職。2009年より年間数百社の人事部門を毎年訪問。専門は、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問なども担う。2016年より人事向けラジオ番組『楠田祐の人事放送局』のパーソナリティを毎週担当。シンガーソングライターとしても活躍。著書に『破壊と創造の人事』(Discover 21)、『内定力 2017 ~就活生が知っておきたい企業の「採用基準」』(マイナビ)などがある。
世界6万5000人をケアするグローバル人事
総合商社の豊田通商は、世界に6万5000人の従業員を抱えるグローバルカンパニーです。「最高で最強の組織、チームをつくる人の豊通」をスローガンに掲げ、「ピープルカンパニー豊通」をあるべき姿に。国籍やジェンダー、年齢、職位に関係なく、全従業員が笑顔とエンゲージメントにあふれたパフォーマンスを発揮できる企業を目指しています。
企業がサステナブルな成長と社会貢献を果たしていくために、社員の個性を生かしたヒューマンキャピタルを軸とした企業価値の向上は欠かせません。会社の経営戦略と切り離すのではなく、重要戦略に則った人事戦略とは一体どういうものか、改めて問い直す時代が来ています。人々の働き方や価値観が変わるとともに、豊田通商の人事戦略はこれまでの「人材管理型」から転換し、人的資本に根差した組織運営であるべきという考え方を実践してきました。
この10~20年の間に豊田通商の業績は右肩上がりに成長しており、いくつかの M&A を経て社員数は2倍に、時価総額は直近10年でおよそ3倍と規模を拡大し続けてきました。従業員の80%は30代前半までに海外赴任を一度は経験するため、関連会社や家族を含め約2000人超をケアしています。
世界各国で多様な事業を展開する豊田通商が抱える、人事戦略上の課題3点
豊田通商の人事戦略を明らかにする前に濱瀬氏は、その前提として押さえるべきポイントを3つ説明しました。
「1つ目は、豊田通商の人事戦略は海外の関連会社も含めると6万5000人の社員にリーチする必要があるということです。海外ネットワークは120カ国にものぼり、特にアフリカとの強い絆を構築してきました。現地の人やステークホルダーたちとサステナブルな成長をすることに、強い志を持っているのが特徴です。
豊田通商は、トヨタグループの一員でありながらも、モビリティ関連以外にも事業分野が多数あります。エレクトロニクスや食料、ライフスタイルなど複数の事業体から構成されているため、それぞれの事情に合わせた対応をとる必要があることが2つ目です。
最後に3つ目は、キャピタルゲインを目的とする投資中心の商社ではなく、営業利益で食べる、つまり事業で成り立っている商社だということです。現地と一体になって事業を立ち上げながら、時には自分たちで工場を運営するように、商社でありながらメーカーに近い事業形態をとっています」
3つのRight ONEを掲げ、多様な事業を展開
真のグローバルカンパニーとして求心力を発揮するために、豊田通商では世界共通言語として「Be the Right ONE」というGlobal Visonを掲げました。ステークホルダーの現場ニーズに応え、最適な安全・サービスを目指す「Be the Right ONE for you」、一人ひとりの力の最大化に努め、組織・地域・性別を超えて結束する「Be the Right ONE for us」、強みや知見を発揮することで持続可能な社会と未来を拓く「Be the Right ONE for future」の3つからなるこのGlobal Visonは、世界中のメンバーからなるプロジェクトとして取り組み、自分たちが本当に大切にしているものは何かを追求した結果、生まれた言葉です。
自分たちが進んでいる未来が正しい方向かどうかを確かめるために、濱瀬氏は「現地とチームがこの3つのRight ONEを常に自分たちに問いかけながら、結束した力が豊田通商にとって不可欠です」と語りました。
豊田通商は2024年度の中期経営計画で、「再生可能エネルギー」「アフリカ戦略」「次世代のモビリティビジネス」「循環型静脈事業」の4つを重点分野として注力しています。
例えば、再生可能エネルギー分野では、V 2 G(Vehicle to Grid)事業の米国ベンチャーへの出資や、リサイクル施設などから回収されたミックスプラスチックを原料として再資源化する日本最大級のリサイクルプラスチック製造会社の設立などを行っています。アフリカ戦略では脆弱な交通基盤の課題を解決する交通プラットフォーム事業や、ショッピングセンター「カルフール」の展開を助けるなど、アフリカ地域の人々の生活を豊かにすることに貢献。次世代モビリティシステムでは、新興国における中古車オンラインマーケットを展開するベンチャーの支援、次世代自動車の普及に欠かせないリチウム資源の確保などに尽力しています。
グローバル化は中長期視点をもったフェアな人事戦略で
濱瀬氏は「組織や仕組み、人的資本が三位一体となって初めて、グローバルなビジネスができるようになります」と述べました。
ただし、企業によってグローバル展開の方法は異なり、人的資本の投入方法も違って当然です。日本の親会社がグリップして中央集権体制を取る場合もあれば、現地からボトムアップ式で主導するという場合もあり、さらに、それらのミックスという場合もあります。豊田通商では「連邦経営」と呼ぶスタイルを採用しました。
例えばアフリカビジネスで言えば、これまで豊田通商は英語圏での事業展開を強化してきましたが、未踏であったフランス語圏のビジネスにおいては、2012年にCFAO(セーファーオー)というフランスの商社リーディングカンパニーをM&Aすることによって、アフリカを中心とする54カ国へ展開しています。
提携当初から、CFAOのフランス人と現地のアフリカの人々、そして豊田通商の従業員が一体になって、ゼロから最適解をつくっていこうと取り組んできました。これは、アフリカをキャピタルゲイン目的に搾取することでは決してなく、アフリカとともにアフリカに貢献することを大切にするという「WITH AFRICA FOR AFRICA」という理念にも表れています。
こうした経営戦略を背景に、濱瀬氏は「短期目線ではなく中長期視点を持って、腰を据えて取り組んでいくという信念に基づいて人事戦略を構築しています。みんながステークホルダーであり、上下関係という概念はなく、フェアなステークホルダーとしての考え方に根差しています」とグローバル化の根幹となる人事戦略上の信念を語りました。
社員同士のつながりを大切にする、人事情報システムとネットワークづくり
これほどの多様なステークホルダーを、バランスを取りながらケアしていくには、常に変化に合わせて中身を見直していくことが避けられません。豊田通商では、「新たに取り組むもの」とともに、「止めることも選択肢に入れながら継続すべきもの」「変えるべきもの」の3種類に絞って検討しています。例えば6万5000人もの従業員の詳細なデータベースがなかったため、どの場所に、どんな人が、どういう状況なのかまで分かるシステムの導入を新たに取り組んでいます。
また、グローバル人事委員会というサクセッションプラン(後継者育成計画)の仕組みを考える組織もリニューアル。これまでの「グローバルか、日本か」という二極で捉えていた人的資本を、ひとつのプラットフォームで捉え、事業戦略に促した重要なポストはどこか、サクセサー(後継者)はいるのかなど、人的資本の状況を把握することに取り組み始めています。サクセッションプランにはリーダーシッププログラムも連動させました。プログラム参加者には研修に参加するだけでなく、研修のビフォーアフターのキャリアプランと有機的に連動する人材プログラムを採用しています。
このほかにも、学習し続け、変化していくためのLearning Agility向上の仕掛けとして、研修の卒業生が集うアルムナイセッションというリーダー同士の交流の場も設けました。個人の知識や発想といったソフトなコンテンツも貴重な資産と考え、それらを集めたり共有したりする場として活用しています。過去にリーダーシッププログラムを受講した同窓生50~60人くらいが世界中から毎回集まって、時差の都合、日本時間の午後8時から10時まで熱く盛り上がるこのセッションは、変化に対して柔軟に迅速に対応するナレッジマネジメントの場になっています。
一方で、人事部門の更なるグローバル化が必要であることから、人事メンバー同士のネットワーク強化やグローバルワンでの取り組みも行っています。日本人だけでなく世界中の従業員と、共通のテーマについて一緒に考えるタスクフォースをつくりました。
濱瀬氏は、「豊田通商らしいトラストやエンゲージメントをベースに持ちながら、各拠点や地域の遠心力を働かせて、豊通というひとつの求心力をコアに推進していくことが大切です。『人事のプラットフォーム』『人材開発』『文化風土の醸成』の3つの切り口でいま取り組んでいる人事12(トウェルブ)という施策は、やるべきことが満載で、毎日エキサイティングな体験をしています」と、まだ発展途上における人事改革への熱い想いを語りました。
社員の自発的な草の根運動「いきワク活動」で、ダイバーシティを推進
グローバルな多様性、不確実性に対応する力を養うために、異なる経験や背景をもつ人間が共存する組織、ダイバーシティ・インクルージョン(D&I)が成長の鍵となります。豊田通商では、D&Iの意識・風土を醸成するために、2014年度から「いきワク活動」と呼ばれる取り組みを推進してきました。
この活動は、部門単位の小さいグループで現場の課題を出し合い、全員で改善に向けて取り組むもの。4つのルール(「ありたい姿」の共有、全員で意見を出し合う、考え方や価値観の違いを受け止める、合意形成し、共働・共創する)に沿っていれば何に取り組んでもよいという、メンバーの自主性を尊重した活動です。なお、2021年3月期は78%の職場が本活動を実施しています。
この活動について濱瀬氏は、「強制ではなく、自分たちの課題に対して、どう解決を図ったか、ビフォーアフターで成果を実感してもらうことで、組織文化を徐々に変えていくことを狙った取り組みです。草の根運動による自発的な『いきワク活動』が、強い組織づくりを支えています」と、グローバル D& Iの強化推進には自発的な組織醸成が欠かせないと訴えました。
この他にも、コロナ禍をきっかけにオフィス改革も本格的に取り組み始めました。“オフィスはコミュニケーションハブ”と標榜し、「共創」が起きやすいオフィス環境の改革も進めています。名古屋本社の一部を改装してモデルフロアを設置したほか、今後は名古屋本社の他フロアや東京本社にも広げる予定。オフィス改革を通じて働き方・働きがいの改革を推進中です。
ミドル年代層や若者層の成長を刺激するプログラムも開発
さらに、「ミドル年代が変わらなければ会社は変わらない」という危機感から、この年代層に向けて「ハイブリッドコミュニケーションプログラム」という名称で、今までのティーチングのスタイルと、コーチングを組み合わせた能力開発プログラムをつくりました。
また、新規事業開発と起業家精神を養うために、社内ベンチャーインキュベーションプログラムを設定し、世代に関係なく参加を促しています。濱瀬氏は「プロセスに時間と熱量が大きくかかる新規事業開発は、既存事業の部署だけではなかなか難しいことから、社長のトップダウンでサポートすることが重要です」と強調しました。
その成功例として、デジタル化が遅れる船舶業界に向けて、燃料や潤滑油の受発注の効率化を助ける「BunkerNote」というクラウドで一元管理するサービスの事例や、中小企業の物流を効率化するサプライチェーンを統合するサービスの事例を紹介しました。
2019年には、各事業本部のトップレベルの課題を組織全体の課題として共有するグローバルハブという部門も発足。ミドル従業員層へのコーチングを軸にしながら、人事とのコラボレーションによる組織開発に着手しています。濱瀬氏は「私たちの取り組みは、まだまだ道半ばではありますが、人事部門が一丸となって最高、最強の組織を目指していきます」と、現状に甘んじることなく、進歩し続ける姿勢を熱く語ってこの講演を締めくくりました。