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【HRエグゼクティブサロン 第13回】
三越伊勢丹グループの価値創造プロセス実現のための人事変革

お客さま・取引先・地域の皆さん、全てのステークホルダーを私たちのファンに

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三越伊勢丹ホールディングスは、現在350年の歴史を誇る三越と、同じく約135年の伊勢丹が2008年に経営統合した会社です。現在は百貨店を中心に、物流、金融・カードサービス、中には宮内庁御用達家具まで製作する建装会社を含む35社を展開しています。しかし規模が大きいゆえにコロナ禍による打撃も大きく、2019年度に156億円あった連結営業利益は2021年度には59億円と大きくダウンしました。ですが、今は新たな戦略を構築し、2024年に350億円を目指すというプロアクティブな目標を掲げています。


そのために重要なポイントのひとつが人財です。同社では経営統合の後、ヤフー株式会社などの事例を参考に1on1や個別CDPCareer Development Program)による従業員の活性化を積極的に行っています。今回は、同社の人事部門を主導する藤森 健至 氏をお招きし、コロナ禍以降の新たな経営戦略を支える人事変革について講演を行いました。

執筆者

ビジネスコーチ株式会社 セミナー事務局

登壇者のご紹介

<登壇者>
第13回登壇者画像1.jpg株式会社三越伊勢丹ホールディングス
株式会社三越伊勢丹 執行役員 人事統括部長 藤森 健至 氏


1992年(株)伊勢丹に入社。2006年に現場から人事部へ。三越との統合過程では、年間1000人を超える「CDP面談」を実施し、キャリア自律を促進する。現場販売員約6万人のトップ20名の思考&行動特性を凝縮した「SSP(セールス・スキルアップ・プログラム)」や、超自律的な学び=朝活・夜活システム「SNACK」など人財育成システムを開発。2018年に執行役員百貨店営業本部販売戦略部門長として富裕層戦略やインバウンド戦略を推進。2019年は伊勢丹立川店長を経験、その後2021年より現職。再び人事の世界で「会社戦略と完全合致した人事戦略」を組み立て、推進中。シゴトスローガンは「よく学び、自分で考え、すぐ動く。健康・家族は最優先」。


<モデレーター>
第12回モデレーター画像10.jpgHRエグゼクティブコンソーシアム 代表
楠田 祐 氏


NECなどエレクトロニクス関連企業3社を経験した後、ベンチャー企業を10年間社長として経営。2010年より中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクー ル)客員教授を7年経験した後、2017年4月より現職。2009年より年間数百社の人事部門を毎年訪問。専門は、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問なども担う。2016年より人事向けラジオ番組『楠田祐の人事放送局』のパーソナリティを毎週担当。シンガーソングライターとしても活躍。著書に『破壊と創造の人事』(Discover 21)、『内定力 2017 ~就活生が知っておきたい企業の「採用基準」』(マイナビ)などがある。

2021年から「“特別な”百貨店を中核とした小売グループ」を 目指すという 新たなメッセージを発信

2021年度、三越伊勢丹ホールディングスの経営戦略は刷新されました。メッセージは「特別な百貨店を中核とした小売グループ」に。目指す姿が、従来の「デジタルプラットフォーマー」から「特別な百貨店」となった瞬間に「わかりやすさも、戦略に対する理解も、納得感も一気に高まりました」と藤森氏は語ります。

「『“特別な”百貨店』とは、他社ができないことを行う百貨店です。お客さまお一人お一人のお困りごとを感動的に解決し、ご要望への革新的なご提案を、他社ができないレベルで行うことです。当社は他の百貨店よりも多くの社員を店頭に配備できています。そして外商にも豊富な人財がいます。こうした人財の力を総合して、他社が真似できない百貨店をもう1回つくり上げようというものです。加えて、こうした百貨店の努力でお客さまとのつながりをより一層強化することができれば、百貨店以外のグループリソースをお客さまにさらに活用していただき、さまざまな接点や角度からお客さまの暮らしをさらに豊かにできるはず、という想いを含めての『“特別な”百貨店を中核とした小売グループ』です」と藤森氏は説明しました。加えてESEmployee Satisfaction、従業員満足度)調査で、経営側に現場の声がなかなか届かない、聞いてもらえる場や双方向に対話する機会がないという声が挙がり、この改善も目指すことにもなりました。新たな三越伊勢丹ホールディングスが動き出したのです。

「“特別な”百貨店を中核とする小売グループ」を達成するために、3つの戦略が挙げられています。それは「高感度上質戦略(他社ができない高感度で上質なモノ・コト・サービス)」「個客とつながるCRM戦略(マスではなく個のお客さまへのアプローチ)」「連邦戦略(各社それぞれの利益追求ではなく、グループ全体の連携強化を通じ利益を目指す体制の構築)」です。


第13回HRサロン画像2.png

新たな人財基盤の構築を目指して、まずは定義を明確にする

新しい経営戦略のもとで、人事制度や人財育成メニューが変更されることもあります。しかし藤森氏は「たとえ今後経営方針が変わったとしても、人財戦略をころころ変えてはいけない。いかなる戦略が来ようとも、それを実現する組織と個人のあり方、これを定義づけることが先であり重要であると考えました」と述べました。過去にいろいろな変遷を体験したからこそ、土台を大事にしたいと考えたのです。

藤森氏は人財育成の定義を考え、いくつか大切なことに思い至ります。

・お客さま、取引先、地域の皆さん、株主といった全てのステークホルダーに、私たちのファンになってもらうこと。藤森氏は「ステークホルダーのファン化」と表現しました。現在これは同社のサステナビリティレポートの目的にも記載されています。

・協働を大切に。グループ間の異動で幅広い領域を経験する人財が増えれば、組織間の相互理解が高まり、電話一本で協働が進む関係性が構築され、また複数の専門性を持つことで、マルチタスクな活躍が出来るようになります。

・高感度上質戦略、個客とつながるCRM戦略実現のためには、ステークホルダーの心を動かす必要があります。それには、自らの好奇心と想像力を大切にする必要があります。

・高い目標にチャレンジする経験を多くし、その結果として失敗することも糧にしながら次のチャレンジをしてもらえるよう、よく考え抜いた上での失敗は許容し「3勝全勝よりも2勝8敗」、つまり打席少なく勝率が高いということよりも、打席に多く立って経験を積むことでより高い目標を達成することを目指すとしています。

他にも「自分の時間を確保して、休養と教養を大切に」「上司は部下に十分なフィードバックする」「最低限のデジタル対応力を」といったことも挙げました。藤森氏は「このような個人が集まれば、言われたことだけでなく自ら進んで協働できる。そして、仕事にやりがいと誇りを持てるはずです。私は、エンゲージメントの高い組織をつくりたいと思っています」と説明しました。

定義を基礎に、新たな戦略のための人財施策を探る

三越伊勢丹ホールディングスの人事における定義、考え方の輪郭がはっきりしました。次は「“特別な”百貨店を中核とした小売グループ」という新たな経営戦略における、人事面の取り組みと具体的な展開について見ていきます。同社の中期計画では、人財基盤の戦略取り組みとして3点が示唆されています。

 1:要員・人件費の効率化

 2:変革を実現するための人財の活用・流動化

 3:事業戦略を実現できる人財育成

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それぞれの具体的な展開は以下の通りです。

1:要員・人件費の効率化
同社は科学的な手法を活用して、売上別、利益別、顧客別等の効果に対して何人で運営するべきかという数値を算出し、適正な要員数を明確にしました。この科学的な要員数適性化と中期経営計画の重点戦略を踏まえて、今後は間接部門から直接部門への要員シフトを推進しています。従来、各部門が外部に委託していた作業の内製化を進め、外部流出コストの削減も目指します。こうした施策で、同社では2024年には営業利益350億円というV字回復を目指します。

2:変革を実現するための人財の活用・流動化>個に寄り添う生涯CDP
CDPとは、Career Development Programの略で、従業員のキャリアや能力を開発するためのプログラムです。同社では、人事が各人の人財データを参考に適所適材を判断し、上長と相談してケアを進めてきました。短期的にではなく、各個人の向こう数年間のCDPを描き続けられる仕組みを目指しています。キャリア形成においては、自分の専門を深く追求するだけでなく、隣り合った分野も含め複数の専門性のアップを推奨しています。例えば靴のスペシャリストなら、さらに洋服やバッグの見識を深めることで、お客さま全身のファッションによりマッチした靴を薦めることができるようになります。

そのため同社では、従業員が新たなキャリアにチャレンジしやすいように、社内公募や個人が自由に志願してキャリア構築ができる制度を用意し、公募案件のバリエーションも年々拡充しています。人事も面談に入ります。こうした制度を整備した結果、新たなキャリアを希望する人数が40%アップしました。

増えた理由のひとつに、藤森氏は、会社のイントラネットにキャリアに関する多様な情報をアップしたことを挙げました。各部門が自分たちの職場を紹介する動画を作り、人事が「キャリア図鑑」として、百貨店の中で物を買う人、店頭を守る人、リモデルや店舗の改装に携わる人、部門をまたいだ多数の人による座談会などを発信したからと藤森氏は考えます。

3:事業戦略を実現できる人財育成
人財育成では、全従業員が自律的に学びたくなる環境、成長できる環境が必要です。そのため同社では、「MANABIの森」という人財育成グランドデザインを策定しました。従業員が事業戦略実現に向けて、何をどのように学べばいいのかを体系化したものです。具体的には、eラーニング、1on1、経営層の対話会、表彰制度などが用意されています。

そして大切なのは、従業員でも時間給社員でも、百貨店在籍者でもカード会社在籍者でも、学べる環境があることです。eラーニングに関しては、グループ全社員の90%以上が参加できる体制をとっています。幅広くアンテナを立ててお客さまの心を動かせるよう、好奇心を刺激するリベラルアーツ教育の機会などを会社として用意しています。

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リベラルアーツに関しては「SNACK(スナック)」という仕組みがあります。各個人の時間を使い、自身の現所属に捉われることなく自らの興味次第で望むテーマを選び、先生も教えたい人が自分のコンテンツや得意なことを伝える・教えるという、好奇心を刺激する学びの機会提供です。

ちなみにSNACKは、SkillNetworkAttitudeCommunicationKnowledgeの略です。また接客に関しては実践的に学べるロールプレイがあり、先輩の優れた接客を見て分析し、それを受けて自分の接客を確認する形での研修も用意しています。ちなみに「確認できる」という部分には、過去の反省が生かされています。最初は教育を受けたら受けっぱなし、その後上司からのフォローもないと、日々の業務の中で本人も受けたことを忘れてしまう……ということが課題としてありました。この点を改善すべく「自分の成長度を確認するフローを今年大幅に強化して、教育のための教育にならないように対策しました」と藤森氏は述べました。

従業員満足度の向上

最後に藤森氏は、従業員満足度の向上、働きがいや働きやすさについての取り組みを紹介しました。この取り組みではコミュニケーションが重要であり、経営層、ミドル、現場のメンバーという3層でのコミュニケーションを格段に高めることを目指しています。

藤森氏は「経営層は、従業員に夢とやりがいにつながる『心が湧きたつビジョン』を語り、よし頑張ろうと思わせるのが重要な仕事」と語ります。そしてミドル層は仕事への不安・不満の最小化も目指します。同社では、社長自らが部長から係長までのミドル層と年間80回、約2700人と対話会を行いました。1回あたり1時間半、全員から質問をもらって、これに応えるという形式です。一方で、藤森氏も含めた全役員は、現場スタッフ全体と年間延べ500回ぐらい、約4500人と対話会を行いました。ミドル層である部門長は、部下に対して自分の言葉で月に1回は戦略を語るように努力しています。上長と部下との1on1は、その頻度を高めることを推奨しています。こうしたコミュニケーションによって、社内調査においてそれまで68%だった戦略への納得・理解が92%まで上がりました。

藤森氏は、「コミュニケーションは頻度が大事。15分でもいいから頻度を高めようと考えています」と述べました。

さらに藤森氏は「コミュニケーションを何のために行うかを明確にすることも大切」と言います。そのためコミュニケーションが曖昧にならないように、考え方の軸を明確にしています。1on1においては「戦略実行」と「部下の人生やキャリア観」の2本立てとすること。戦略実行においては賞与とリンクさせる、キャリア観については、会社から将来のキャリアに向けた期待行動を示す、などです。最後に藤森氏は、「こういうコミュニケーションを地道ですが草の根的にやっていきます」と話し、講演を締めくくりました。

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