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【HRエグゼクティブサロン 第4回】
三菱ケミカルが目指す、
パーパス実現のためのジョブ型人事

自律型人材の育成と組織のコラボレーションを促す

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社会の潮流や技術進化の動向を見据えて、2050年の目指すべき社会とグループのありたい姿を想定した三菱ケミカル株式会社。そこからさらに2030年のあるべき企業像と成長の道筋を示す中期経営計画を策定し、2020年7月よりジョブ型人事に取り組むなど順次施策を展開し、環境の変化に対応する人事制度の改革を行っています。ビジネスコーチが主催する「第4回HRエグゼクティブサロン」では、同社 経営執行職 総務人事本部長 金丸 氏をお招きし、制度の全体像をはじめ、人材マネジメント、等級・報酬、評価・面談、福利厚生、定年、人材育成など施策について講演を行いました。

執筆者

ビジネスコーチ株式会社 セミナー事務局

登壇者のご紹介

<登壇者>
三菱ケミカル株式会社
経営執行職 総務人事本部長 金丸 光一郎 氏


1987年入社以来、本社、研究所、工場・事業所などの人事を歴任。人材配置、採用、制度検討、制度運用、労組対応、労務問題対応などを中心に、二度の大型会社合併ならびに数度の事業構造改革を経験。
2011年4月に人事部グループマネジャー、2021年4月から総務人事本部長。


<モデレーター>
HRエグゼクティブコンソーシアム
代表楠田 祐 氏


NECなどエレクトロニクス関連企業3社を経験した後、ベンチャー企業を10年間社長として経営。2010年より中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクー ル)客員教授を7年経験した後、2017年4月より現職。2009年より年間数百社の人事部門を毎年訪問。専門は、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問なども担う。2016年より人事向けラジオ番組『楠田祐の人事放送局』のパーソナリティを毎週担当。シンガーソングライターとしても活躍。著書に『破壊と創造の人事』(Discover 21)、『内定力 2017 ~就活生が知っておきたい企業の「採用基準」』(マイナビ)などがある。

持続可能な未来に向け、社会課題を解決する企業となるための人事制度改革

連結売上収益およそ3兆6000億円、従業員数約7万名を抱える三菱ケミカルホールディングス。その傘下の事業会社のひとつで、31カ国、4万人が従事する三菱ケミカル株式会社。同社は2017年4月に三菱化学株式会社、三菱樹脂株式会社、三菱レイヨン株式会社の三社を合併して設立されました。


事業領域は、カーボンケミカル、炭素などの基礎素材や、高機能ポリマー、自動車向けの外装素材、内燃機関向けの素材、情報電子ディスプレイ、メディカル・フード関係、人工関節、浄水器といった機能商品の製造販売です。非常に多くの素材・製品を扱う同社ですが、金丸氏は「現在は10の部門でこれらの事業を展開していますが、各事業部の中だけで完結されている業務が多く、部門の壁、合併前の旧3社の垣根を超え、新しいビジネスを開拓していくことが大きな課題となっています」と述べました。


同社では、社会の潮流や技術進化を見据え、2050年の目指すべき社会とグループのあるべき姿を策定したうえで、それを見据えた2030年の企業像と成長の道筋を明確にした中期経営計画「KAITEKI Vision 30(KV30)」を策定しました。


金丸氏は「2030年のビジョンである『持続可能な未来に向けて社会課題の解決をグローバルに主導するソリューションプロバイダー』を実現するためには、イノベーティブな風土に変えていかなければなりません。デジタルを活用し、スピーディーに成長していく。多様な人材、スペシャリティの高い人材がいろいろな壁を乗り越えて能力を発揮する会社にするために人事制度を改革したのです」と説明しました。


企業としては、基礎原料から生産までの総合化学にこだわり、今後起こる地球のさまざまな課題を解決する企業を目指し、従業員には一人一人が明るく楽しく生き生きと働ける環境の整備を行っています。製造現場では、一日三交替で稼働し、心身ともに負荷のかかる業務も一部残っているため、デジタルを活用したり、老朽化したトイレを新しくしたりするなどの取り組みをしています。

人材の多様化に対応した、人事制度改革の3つの柱

同社の人事制度改革は、会社と従業員が互いに選び、選ばれ、活かし活かされている関係になることを目指しています。この背景には、外部環境の変化、そして働き手の変化があります。

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外部環境としては、海洋プラスチックや、廃棄物の発生を最小限に抑える循環型経済の実現、二酸化炭素の排出と吸収を同じくするカーボンニュートラルの実現など、同社の製造工程に大きく関わる課題があり、ビジネス環境が大きく変わっています。さらに、M&Aなどを通じて事業の新陳代謝を活発に行ってきたので、その中で顧客からの要求も複雑になっていました。


働き手の変化としては、製造現場ではこれまで若い男性の採用を中心にメンバーを構成してきましたが、労働人口の減少により若い男性の採用が難しくなっています。そのため、ベテランや女性にも三交替のメンバーに入ってもらう必要性が増しています。同社の総合職も2019年度まではほとんど新卒採用が中心でしたが、2020年度から中途採用が増え、2021年度は新卒と中途採用が同水準になっています。今後は中途採用が新卒採用の数を上回ると予測しています。


金丸氏は、人材が多様化していることを挙げ「女性やベテラン層の増加に加え、男性の育児休暇取得が奨励されています。また介護の問題を抱える社員もいます。従業員のライフスタイルがさまざまであるため、これまでのように会社の都合で転勤をさせるなどの命令が難しくなっていたのです」と述べました。


そのための人事制度を検討した結果、「主体的なキャリア形成」「透明性のある処遇・報酬」「多様性の促進と支援」という3つの柱を掲げました。


主体的なキャリア形成は、一人一人が仕事を通じて自分のやりたいことを実現して社会に貢献することや、合併前の旧3社の垣根を超えた取り組みへの意志が込められています。金丸氏は「合併後も勉強会などをやってきたのですが、自主的な動きは少なかったです。やはり自分から進んでいろんなものを探しにいくようにならないと、シナジーやコラボレーションは生まれないと思っています。キャリア形成を通じて個人の『Will』を強くして、コラボレーションを促していきたいです」と話しました。

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そんな主体的なキャリア形成に必要なのが、成果が正しく反映される、透明性のある処遇・報酬の制度です。難しい業務にチャレンジする姿勢の評価や、成果に対する正しい処遇を考えています。そして多様性の促進と支援には、定年年齢の引き上げや福利厚生、柔軟な働き方が考慮されています。

会社主導の人事異動から、原則社内公募へ

主体的なキャリア形成では、一人一人がオーナーシップを持つことが望まれます。そのために人事異動の仕組みも大幅に変更しました。会社が決めるのではなく、社内公募を原則とし、候補者がいない場合は、社外からの採用に切り替えるか、会社主導の異動を検討します。若手のキャリア形成のためには、希望部署の選考を受ける権利を与える、キャリアチャレンジ制度を導入。中途採用の場合、入社後勤務地になじめないことや、入社前に抱いていたイメージとのギャップを感じて離職することもあるため、社内のキャリアコンサルタントに相談して他部署の仕事にチャレンジできる制度を運用しています。

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一般社員は本人の同意なしの転勤はなくなり、管理職については同意なしの転勤があるものの、一定期間の回避ができるようになりました。また、社員自らが勤務地の希望を申し出ることも可能となっています。


社内公募は2020年10月と2021年1月と、3ヶ月ごとに実施してきました。金丸氏は「仮に製造現場のライン長が異動し、元のポジションが空席となる期間が長期化すると業務運営上支障があります。3ヶ月では長いので毎月の公募に切り替えるべきという声もあり、現在検討しています」と説明を加えました。

年功から、職務内容に基づく処遇とチャレンジを促す評価へ

処遇や等級については、従来の年功的な設計を改め、成果に見合うような見直しが図られました。3社で給与水準は異なっていたものの、統合後はできる限り各社の水準を反映したといいます。そのため、管理職だけでも6グレードに細かく分かれ、それぞれの給与レンジが広く設定されていることで、グレード間の重複が大きくなっていました。その結果、昇格しても大きく昇給することはない、というように、昇降格時に給与や処遇を反映しにくくなっていたのです。また、ラインマネージャー職の評価が中心となっていたため、非職位者(専門職)を適切に評価できていないという問題もありました。
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そこで、職務記述書(Job Description)を作り直し、それにあわせて報酬水準も見直しました。グレード変更時に報酬が変動する仕組みを実現し、賞与についても成果の期間をわかりやすくして年1回に変更。執行役員以下7つあった管理職の等級は、執行役員の制度を廃止し5等級に見直されました。


従来、一般社員は総合職と基幹実務職の区分があり、基幹実務職には、工場のオペレーターや一般事務職、高度な職務を担当するスペシャリストが入り混じっていました。今回の制度改定では、職務の性質が大きく異なる工場のオペレーターを1つの職群として定義し、その他については総合職も含めた1つの職群としています。また、いずれの職群についても職能資格を廃止し、年次や年齢に関係ない職務等級に一本化しています。


金丸氏は「一般事務職の方は、総合職的な仕事にチャレンジしている人もいれば、補助的なルーチンワークをしている人もいる現状ですが、これからデジタル化が進むと、補助的な仕事はなくなる可能性がありますので、高度な仕事にチャレンジしてほしいというメッセージを出しています」と話しました。


評価時のランクも見直されました。従来は、設計上6ランクある中央の「A」「AA」を目指す仕組みとなっており、いずれかのランクであれば昇級し続けるというものでした。これを5段階の評価ランクに変更し、分布比率の見直しを行うことで、よりメリハリのある処遇に移行しています。あわせて、従来はコミュニケーション不足によりモチベーションの喚起が十分に行われていなかったため、評価者研修の導入や360度サーベイの検討を実施し、職場でのコミュニケーション向上を図る取り組みがなされています。


これは、環境の変化が激しく、期初に立てた目標が実際と乖離する場合もあるため、面談の頻度を上げてタイムリーにフィードバックし、目標を修正していくという目的もあります。金丸氏は、「従来は目標管理の面談は年3回でした。これを5回に増やし、これ以外に1on1も最低年に5回は行うよう促しています。面談の仕組みの中で、従業員自身の能力や意欲に応じ、一つ上の目標を設定することで成長を促すチャレンジ項目というものを設定しました。チャレンジしたことを評価に反映していくのです」と述べました。

多様性を尊重した福利厚生・定年・育成

従来の福利厚生は、新卒一括採用、年功序列、妻が育児をする専業主婦世帯、60歳定年を想定したものでした。しかし、共働きや男性の育児参加、介護など、ライフスタイルは多様化し、また中途採用も盛んにおこなわれているため、自律的なキャリアや健康、育児や介護の両立を支援するものに変更しました。

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たとえば、従来あった社宅・家賃補助、介護補助、育英補助、資格取得補助を対象者だけに支給する場合、それらの恩恵を受ける人がいる一方で、対象外の人は全く恩恵を受けないとった実態がありました。処遇制度が評価を基とするものに変更となったため、これを徹底するべく、カフェテリアプラン(付与ポイントの範囲内の福利厚生メニューを選択できる)に変更。住宅生活に関するもの、育児介護、健康、自己啓発のメニューがあり、ほとんどの人が自身の希望に合ったものを選択できるよう設定されています。なお、製造現場もあるため、安心して業務を遂行できるよう、労災や怪我、高度障害に生じる負担を軽減するなどの仕組みは継続されます。


これまで60歳だった定年制度は、2022年4月から65歳へ延長。将来的には定年の廃止も視野に入れています。従来は、60歳以上で勤務を続ける場合は、報酬の水準が大きく下がっていましたが、今後は職務や成果により報酬を決定。また、退職金の制度も見直しがなされます。


最後に金丸氏は、会社と従業員が互いに選び、活かす関係性になるための人材育成について、従来のように会社が指示する形から、自律的に学べる仕組みへの転換が必要であるとし、次のようにコメントし、講演を終えました。


「定年を65歳に延長、その後廃止も見据えています。従来のように、50代までやりきって残りの10年〜15年はその貯金で生きていくということもできない状況になるでしょう。会社の事業もどんどん変化していきますので、学び続けるカルチャーにしていかなければならないと思っています。ずっと学び続けて自分のスペシャリティを伸ばす、変えていくようにしてもらうために、自律的に学べるプラットフォームや、学びのための意識改革の仕掛けなども検討しているところです」

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