【HRエグゼクティブサロン 第5回】
三井住友フィナンシャルグループが挑む、
グループ経営戦略を支える人事戦略
「従業員一人ひとりの働きがい向上」と「企業としての生産性向上」の両立
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HRエグゼクティブサロン
テレワークの促進、多様な人材の雇用により、仕事に対する価値観が大きく変化し、企業にも変革が求められています。それは、数万人の従業員を要するメガバンクであっても例外ではありません。第5回HRエグゼクティブサロンでは、三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)で長年人事に携わってきた小林 喬 氏 をお招きし、「従業員の働きがいと企業の生産性向上の両立」をテーマに、同グループの人事戦略に関する講演を行いました。
執筆者
ビジネスコーチ株式会社 セミナー事務局
登壇者のご紹介
<登壇者>
株式会社三井住友フィナンシャルグループ 常務執行役員 人事部長 兼
株式会社 三井住友銀行 常務執行役員 人事部長 小林 喬 氏
1990年に京都大学法学部を卒業後、太陽神戸三井銀行(現:三井住友銀行)に入行。入行10年目からは主に人事部門において、従業員の異動・評価・育成に加え、さくら銀行と住友銀行の合併による大規模な人事制度統合にも関わる。2011年から人事部副部長を務めたのち、2016年に岡山法人営業部長、2018年に執行役員人事部長、2020年より現職。
<モデレーター>
HRエグゼクティブコンソーシアム
代表楠田 祐 氏
NECなどエレクトロニクス関連企業3社を経験した後、ベンチャー企業を10年間社長として経営。2010年より中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクー ル)客員教授を7年経験した後、2017年4月より現職。2009年より年間数百社の人事部門を毎年訪問。専門は、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問なども担う。2016年より人事向けラジオ番組『楠田祐の人事放送局』のパーソナリティを毎週担当。シンガーソングライターとしても活躍。著書に『破壊と創造の人事』(Discover 21)、『内定力 2017 ~就活生が知っておきたい企業の「採用基準」』(マイナビ)などがある。
相互依存関係から相互選別関係への不可逆的変化が訪れている
小林氏は講演に先立ち「生産性を向上させることは、働きがい、エンゲージメントの向上に繋がると思っています。一方で、エンゲージメントを高めることが生産性の向上に繋がるという面もあると思っています」と述べました。
銀行、証券、リース、カード、コンシューマーファイナンスなどを展開するSMBCグループでは、2020年3月末現在およそ10万超の従業員が勤務しています。グループ運営に関しては2017年から指名委員会等設置会社へ移行しており、事業部門制、CxO制度を導入しています。
人事部門に関しては、CHROがグループ横断で機能を強化し、各社に共通した制度を実施。ただし、各社がすべてを同じことを進めるわけでなく、人財(※)に合わせたアレンジが成されています。また、毎月1回グループ各社の人事部長を集めた会議を開催し、各社の問題点やグループとして共通で進めている施策の進め方について議論をしています。
(※)SMBCグループでは、「人」が最も重要な経営資源であると考え、人「財」としている。
グループの中核を成す三井住友銀行(SMBC)の従業員数は連結ベースで約5万6000人(※)。小林氏は「SMBCの拠点数は約800。つまり、800名ほどの拠点長が存在することになります。さまざまな人事制度は、この拠点長を通じて従業員に伝わり実行されているので、拠点長の役割は非常に大きいと考えています」と語りました。
(※)SMBCとその主要子会社の人数を含む。
国内の基幹職は、昨年の人事制度改定により、総合職と総合職リテールコースに統合。なお、国内で採用された従業員のうち、半数以上となるおよそ1万5000名が女性で、その4分の1は産休・育休中やワーキングマザーです。また、管理職に占める女性の割合は2割となっています。
SMBCにおける人事部の役割について小林氏は「経営理念にある、『勤勉で意欲的な社員が、思う存分にその能力を発揮できる職場を作る』ために、経営資源である人財のマネジメントや、組織の力を最大限に発揮するための人財育成が、大きなミッションだと考えています」と説明しました。
近年グローバル化やダイバーシティ推進、システム活用など、社内外の環境が複雑に変化しています。それによって人事部の組織は、企画・管理、人事制度運用、育成・研修、採用などの機能に分かれていますが、それらに留まらない、部門横断的な運営が求められるようになりました。
金融業界は、超低金利政策の長期化や、異業種参入の拡大、テクノロジーの進化、デジタル化によって競争環境が激化しています。また、どの企業にも共通する変化が、従業員の就業観やライフスタイルの変化、働き方改革です。
従業員の満足度(※)、従業員のエンゲージメントにかかる指標である退職率、ある種のブランド力である採用ランキングの3つにおいて、リーマンショック直前の2009年は良好な水準でした。ところが2019年の結果を見てみると、業績は比較的よいなかでも、10年かけて緩やかな低下が見られています。これは、金融危機で公的資金が注入されていた、2005年に匹敵する水準です。この傾向について小林氏は「リストラ色の強い報道もあり、銀行に対して将来を不安視する人も増えてきたことが要因ではないでしょうか。従業員アンケートでも業界の将来を不安視する人が増えてきています。また、企業風土について不満の声が大きくなっていることも見受けられました」と分析しました。
(※)SMBC内での従業員満足度調査によるもの
SMBCはこれまで、日本の大企業の例にもれず、日本型雇用慣行の新卒一括採用、職務を限定しないメンバーシップ型、そして終身雇用という雇用形態を堅持してきました。比較的ヒエラルキー意識の強い大きな組織体系で、どちらかというと保守的な文化です。日本の大企業と言えば、一般的に、従業員のキャリア決定権を企業側が持ち、その代わりに後の面倒を見る相互依存の関係が続いてきました。しかし、若者の価値観も変わり、個人の尊重を重視する傾向に変化しており、企業の経営層は、以前のようなマネジメントが限界にきていると感じているのではないでしょうか。
透明性と柔軟性に配慮しながら、貢献度を重視した処遇に変化
そこでSMBCでは、従業員の貢献意欲を高める人事戦略を展開します。そのコンセプトには、グループCEOの太田純氏が唱えた「カラを破ろう。」というスローガンと、人事制度改定の「Be a Challenger」があります。この背景について小林氏は「ビジネス環境の変化によって、我々もビジネスモデルを変えていかないと生き残れないという危機感から、従業員に向けて、チャレンジしていくことを全面的に打ち出したのです。従業員の多様化や価値観の変化によって、チャレンジ精神が弱くなっているという危機感もあったなかでのメッセージでした」と説明しました。
人事制度改定のキーワードには「Fair」「Challenge」「Chance」の3つがあり、2018年から検討を開始、2020年1月にリリースをして運用を開始しています。この人事制度改定はSMBC始まって以来の大改革となりました。前述のように職種の統合が行われるとともに職能の階層もおよそ半数に統合され、年功ではなく貢献度を重視した処遇に変更。入行から最短8年で管理職に登用できるような仕組みとなっています。
人事制度改定が進むなかで、エンゲージメント向上に向けた議論は、経営サイドと従業員サイドで行われ、両者の動きによって全社的な取り組みとなりました。経営サイドは、「従業員が力を発揮できる環境を整えるのは経営の仕事とする」というコミットメント、従業員サイドは、自分自身がより活躍できるフィールドにしたいという観点で議論をしました。その結果、2020年度からの中期経営計画において、エンゲージメント向上は非常に重要な経営課題として織り込まれることになります。
小林氏は「挑戦を支えるコンセプトとして、情報の透明性と説明責任、変化に対する柔軟性・機敏性があります。これは今までのSMBCと大きく違っているところだと思っています。人事は失敗してはならないものという認識から、以前はブラックボックスのような側面がある硬直的な人事運用だったかもしれません。今回の企業風土改革は非常に大きなチャレンジです。人事が先頭を切って取り組んでいくことが何よりも不可欠ではないかと考えました」と説明しました。
SMBCグループにおけるエンゲージメント向上の推進体制は、CHROの人事ライン上に、持ち株会社の人事を横断するエンゲージメントタスクフォースを設定。経営陣は経営会議やダイバーシティ推進委員会などで議論を進めています。そのうえで、グループ各社で自社のカルチャーなどを踏まえながら、推進が成されています。もちろん、現場の自主性がないと改革は浸透しません。例えば、SMBCでは、現場での旗振り役であるエンゲージメントアンバサダーを約3200名選出しました。また、情報の透明性と説明責任というコンセプトから、よりオープンな人事であるべきとし、人事が各拠点長との対話を頻繁に行い、信頼性の向上に努めています。
マネジメント改革や自立的なキャリア形成の支援を実施
人財マネジメントに関する施策については、上司と部下のコミュニケーション強化が配慮されました。相互理解による心理的安全性により、関係性の強化を図るべく、360度評価の強化や1on1ミーティングが促進されています。小林氏は「業務の報告や定期的な評価だけでなく、キャリアのアドバイスなど、相互理解を深めるため、1on1ミーティングは月に1回、エンゲージメントサーベイとのセットで実施することにしました。一部のマネジメント層からは『忙しいのに1on1なんてできない』という声も挙がりましたが、今では効果を理解して多くのマネージャーが取り組んでいます。また、マネジメントスキルやコーチングスキル向上のための教育も行っています」と説明しました。
従業員のキャリア形成については、大学院への通学費用の一部を補助したり、キャリアデザインのための休職を認めたりするなど、自己啓発の機会を与える制度が広がっています。また、2020年度は、キャリアに関するオンラインフォーラムを開催したこともあり、社内公募は、前年よりも1.5倍の応募件数となりました。
エンゲージメント向上に関する施策については、基本的なインフラとしてエンゲージメントサーベイを導入しました。従来は従業員満足度調査を年に1度実施していましたが、月に1度のサーベイを行い、Webで確認できるような仕組みに変わりました。このサーベイについて小林氏は「サーベイ結果の点数に一喜一憂するのでなく、1on1ミーティングとセットで行うことで、その裏側にある課題をマネジメントが認識して改善をしていくことに意味があります」と説明しました。
社内のコミュニケーション活性化のため、社内SNSの運用も開始しています。全員に強制するものではありませんが、トップから新人まで、2万人が利用し、コミュニティも実務的なものから遊び心のあるものまで70程度あり、組織や役職の壁を超えた交流が行われています。
また、コミュニケーションを活性化する「3つのフリー」として、働く場所に合わせて服を決める「ドレスコードフリー」、社内での呼び名を“さん付け”にする「肩書きフリー」、そしてメールの宛先を肩書きや年次順で厳密に並べる非効率な習慣を廃止する「宛名フリー」も説明されました。肩書きフリー、宛名フリーは、前述の社内SNSから生まれたアイデアです。これらのフリーによって、従業員同士のコミュニケーションがしやすくなったという声も挙がっています。
グループ全体で挑戦を促す風土醸成のため、環境を整備
業務環境にもさまざまな変化があります。グループではイノベーションに関する取り組みも成されています。従業員が新規事業を提案し、その場で予算や人員が割り当てられるCDIOミーティングでは、そこから新しい事業が生まれており、30代の従業員が社長に抜擢されるといった事例も増えています。
そんな挑戦をするためにも、日常業務の負担軽減を求める声もあります。社内の業務改善に取り組む先端組織である業務改革室では、電子化によるペーパーレス化や既存業務の廃止などに取り組んでいます。小林氏は「人事部の場合は、事務改革に取り組んでいる最中で、従業員が紙で申請していた書類を年間で10万枚削減しました。人事部はさまざまな取り組みによって、業務時間にして1万時間の削減をすることができました。こうした地道な取り組みが従業員のやりがいにじわじわと影響してくると考えています」と効果を説明しました。
一連の取り組みが評価され、SMBCは、厚生労働省が展開する「グッドキャリア企業アワード2020」のイノベーション賞を受賞しました。最後に小林氏は、SMBCグループの人事部として大切にしていることについて次のようにコメントをして、講演を終えました。
「エンゲージメント向上というのは一朝一夕になるものではありません。環境変化が著しく、ゴールがあるものでもありません。持続的、継続的な取り組みが重要です。正解のない取り組みでもありますので、試行錯誤の連続です。個々の施策の成否に一喜一憂しないことが肝心です。そして最後に、人事部自身が“Be a Challenger”という精神をもって、組織風土の変革をリードしていきたいと、自分自身への叱咤激励も兼ねて、経営にもしっかり伝えるとともに、人事部員に対しても繰り返し伝えることで浸透させているところです」