【HRエグゼクティブサロン 第6回】
ブリヂストンが取組む人財マネジメント
新たな成長事業への取り組みと人財マネジメントを語る
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HRエグゼクティブサロン
1931年に設立され、創業90年を迎える株式会社ブリヂストンは、タイヤ市場において世界No.1のシェアを誇り、売上はおよそ3兆円。2020年はコロナ禍の影響もあったものの、それまでは基本的に営業利益率10%、ROE12%程度を維持。タイヤ産業を中心に置きながらも、未来を見据えてビジネスの拡大に挑んでいます。第6回HRエグゼクティブサロンでは、同社 人事・労務統括部門 江渕 泰久 氏をお招きし、新たな成長事業への取り組みと、それに関連して大きく変革を行った人財マネジメントについて講演を行いました。
執筆者
ビジネスコーチ株式会社 セミナー事務局
登壇者のご紹介
<登壇者>
株式会社ブリヂストン 人事・労務統括部門長
江渕 泰久 氏
1989年、株式会社ブリヂストンに入社。工場、研究所にて人事・労務業務を担当。2006年、欧州(ハンガリー)の工場新設にあたり、立ち上げメンバーとして赴任。2010年に帰国後は、北関東生産本部総務部長、グローバル人材開発部長、人事・労務本部長などを担当し、2020年より現職。
<モデレーター>
HRエグゼクティブコンソーシアム
代表楠田 祐 氏
NECなどエレクトロニクス関連企業3社を経験した後、ベンチャー企業を10年間社長として経営。2010年より中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクー ル)客員教授を7年経験した後、2017年4月より現職。2009年より年間数百社の人事部門を毎年訪問。専門は、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問なども担う。2016年より人事向けラジオ番組『楠田祐の人事放送局』のパーソナリティを毎週担当。シンガーソングライターとしても活躍。著書に『破壊と創造の人事』(Discover 21)、『内定力 2017 ~就活生が知っておきたい企業の「採用基準」』(マイナビ)などがある。
世界シェア1位を維持してきたタイヤ市場に現れた、変化の兆し
株式会社ブリヂストンは「2050年にもサステナブルなソリューションカンパニーとして社会価値・顧客価値を持続的に提供している会社であり続けること」をビジョンとして掲げ、その実現に向けて中長期事業戦略を推進。人事制度においてはこれまでのメンバーシップ型を維持しながらジョブ型を一部導入し、中長期事業戦略の実行に向け、コア事業(タイヤ・ゴム事業)における体質変革と、成長事業(ソリューション事業)における新たな体質創造を進めています。
タイヤ市場において世界No.1のシェアを誇る同社をはじめ、ミシュラン(フランス)、グッドイヤー(アメリカ)の3社が長年にわたって世界トップ3を維持。ビジネスの核を長く担っているタイヤ産業について、江渕氏は「自動車産業は始まってから130年ぐらいといわれていますが、タイヤ産業はその自動車関連のなかでも唯一といっていいほど、素材も形も何も変わってないという特徴を持っています」と語ります。
ただ、そのタイヤ産業にも徐々に変化の兆しが現れ始めています。ここ最近、タイヤの世界シェアに微妙な変化が出始めました。タイヤのコモディティ化が進み、新興国でも生産ができるようになってきたのです。「命を乗せる」製品ということで、1万分の1の不良品を10万分の1にする高品質の追求がこれまで差別化に繋がっていましたが、「一定以上の安全性があれば、乗り心地が多少悪くても気にしない」というニーズが、新興国などの一部で出てきたのです。
また、以前は新車メーカーを注視していればタイヤ販売の市況をつかむことができましたが、最近ではシェアードサービス、コネクテッドカーなど車を取り巻くビジネスが拡大。サーキュラーエコノミーやSDGs(持続可能な開発目標)といった要素も関心を集め、タイヤそのものの質や価格だけでなく、企業のスタンスなども問われるようになっています。
タイヤ・ゴム事業を軸に、3つのビジネス領域に再構築
時代の流れは自動車そのものにも影響を及ぼし、今後はガソリン車が減少し、ハイブリッド車やEV(電気自動車)への移行が予想されるなど、自動車市場は目まぐるしい変化を見せています。ガソリン車がEVに変わったとしても、タイヤの需要そのものには大きな影響はなさそうですが、「今までの領域でビジネスを続けていれば、先細っていくのは目に見えています」と江渕氏は危機感を口にしました。
タイヤは消耗品であり、自動車とタイヤの関係はプリンターとインクカートリッジの関係にも似て、本体が売れている限り、消耗品も安泰という風潮がありましたが、自動車を作れば売れるとは言い切れない時代に突入し、同社はビジネスモデルの再構築に踏み切りました。
同社はビジネスを大きく3つに分類。A領域(タイヤ・ゴム)、B領域(タイヤセントリックソソリューション)、C領域(モビリティソリューション)の3つに構築し直しています。A領域はこれまでの強みをそのまま生かした、柱となる事業。同社の最大の武器ともいえる領域で、今後も会社全体を牽引することを期待されているコア事業です。B領域・C領域は成長事業と位置付けています。
コア事業以外の大きな可能性を秘めた成長事業
B領域・C領域の成長事業は現状、コア事業であるタイヤ・ゴム事業ほどの売上はないものの、将来につながる大きな可能性を秘めています。たとえばJAL(日本航空株式会社)との共創ビジネスである「インテリジェントタイヤ」では、航空機の整備作業の効率化を実現。航空機に使用されているタイヤのデータを同社からJALへ伝えることで、迅速なタイヤ交換を可能にしています。
航空機用タイヤは、機体の速度と重量を支えながら離着陸を繰り返す、過酷な条件下で使用されるため、通常航空機が数百回離着陸するごとに交換する必要があります。しかし、実際は突発的なタイヤ交換が発生したり、使用環境によってタイヤの摩耗状況が変わってきたりするなど、交換時期は航空機によって異なりました。そこでデジタルデータを活用するタイヤ摩耗予測技術をもとに、タイヤ交換時期を割り出し、JALと情報を共有。航空機の到着に合わせて整備士が待機しておくことで、メンテナンス時間を短縮できるだけでなく、航空機のタイヤ交換時期の最適化を実現しました。
リサイクル可能な「リトレッドタイヤ」も時代の流れに対応したものです。タイヤは、路面と接する部分のゴムがすり減り、そのすり減り方が一定レベルを超えると履き替える、つまり交換するのが一般的ですが、すり減った部分にもう1度ゴムを貼って、新品と同じようにして走れるようにします。このように、リサイクルに目を向けた新ビジネスへの取り組みも、同社は推進しています。
また、タイヤはゴムで作られていますが、ゴムと樹脂を分子レベルでくっつけることによって、その素材自体にある程度の強度を持たせ、それで骨格まで作れるという考えから研究開発を行い、新しい素材「SUSYM」が誕生。江渕氏は、「130年間、ほとんど変わっていなかったタイヤ作りですが、さまざまなことを視野に入れながら、新しいことに挑戦し、産業構造の変化に取り組んでいます」と語りました。
「両利きの経営」の鍵となる人財の再開発・再教育・再配置
新たなビジネスモデルを確立するには、組織にさまざまな変革が必要です。前述のA領域であるコア事業は、最も売上を占める事業ですが、従来よりもクリーンな組織体制で従来と同じ、あるいはそれ以上の収益を可能にする体制作りに取り組んでいます。江渕氏は「コア事業であるA領域で上げた収益によって、新たな領域での取り組みを可能にします。いわゆる『両利きの経営』で提言されているような取り組みを、まさに同じ傘の下、同じ組織の中でやろうとしているところです」と述べました。
A領域以外のB領域・C 領域というまったく新しいことにチャレンジするため、組織文化や企業体質の変化にも同社は取り組んでいます。ものづくりの会社がソリューションまで手がけるようになることを、江渕氏は「簡単に言うなら、ケーキ店が、カフェも運営しましょうということです。今までおいしいケーキを一生懸命に作っていたケーキ職人に、カフェをつくることでどのような空間で、どのようなお客様に、どのようなサービスを提供していくかを考えるように言っているのと似ています」と語りました。それを実現するためには社員がやることも、社員に求められる能力も変わってくるのです。
新しいビジネスを創出するには、経済面での投資だけでなく人財の投資、リソース配分の変更も必要になってきます。人事の領域で、大きくやることは「人員の再配置」「人のケイパビリティ(能力)を変えること」の2つ。江渕氏は、「ケーキがどんなにおいしくても、ケーキ職人がたくさんいるだけではカフェを運営できません。新しいビジネスに対応するには、お店の空間をつくる専門家、お客様の動向をつかむ専門家、お客様にサービスを提供する専門家など、さまざまな人財が必要になります」と語りました。
そこで、同社では社員の能力の「再開発」「再教育」に力を入れ、また、人財の「再配置」にもフォーカスし、2020年から人事制度の大改革に取り組みました。ポイントはいくつかありますが、ひとつは、会社の変化に人事戦略を連動させること。また、タイヤ事業が好調な今のうちに、スピーディーにやることを重視しました。そして、会社の形を変えるということは、そこで働く人の意識改革も必要です。「カフェを運営するにはどうすればいいのだろう」と、それぞれが自発的に動かないと会社も動きません。
さらに江渕氏は、「会社の方向性を大きく変えるとき、共通言語がなく、何をやろうか明確になっていないうちは、いろいろな定義、決め事、目指すことなどを細かく作る必要があると思います。一旦細かく定義することで、社員が共通認識を持てるようになるからです」と付け加えました。
執行役員制度廃止、ジョブマッチング導入などによる組織改革を推進
企業改革のために必要となる人財戦略や組織戦略。同社では2020年に、執行役員制度を廃止し、組織の階層を減らしました。人財要件を策定し直し、ジョブ型制度を設計、定期昇給をなくし、ジョブマッチングを導入するなど、大きな制度改革を行いました。2021年には、これらの変革を全社に浸透させるべく、整備を急ピッチで進めています。
江渕氏は、「改革のために、現状のビジネスや会社の状況を語るには、経営に関わるメンバーや現場で実働するメンバーまでさまざまな社員の視点が必要になるため、会社の中にワーキンググループを作成しました。アッパーマネージメントの約10人と、その下のもう少しフロントラインで戦っているマネージャークラスのマネージャー約10人が、それぞれの視点や考え方を取り入れて調整しています」と説明しました。
ワーキンググループでの議論を踏まえ、今後社員に求められる人財要件について「組織運営」「業務遂行」「マインドセット」が設定されました。「組織運営」は成果を元にしたマネジメントや、個人と組織のニーズに基づく育成をポイントとしています。「業務遂行」は、多様性を生かしたイノベーションや、戦略的な課題解決、職務に適した学習が考慮されます。つまり、世の中を知り、さまざまなアイデアを取り入れて、新しいビジネスを考え、遂行していく能力です。「マインドセット」は、自発性や当事者意識、困難への挑戦といった行動要件が設定されています。そして、これらの基本的な人財要件のもと、職位・職群ごとの役割定義を細かく行っています。
メンバーシップ型を維持しながらジョブ型を導入
同社がすでに導入している変革のひとつであるジョブ型制度は、従来のメンバーシップ型も残したハイブリッドな制度となっています。コア事業であるA領域(タイヤ・ゴム)以外の、成長事業と位置付けているB領域・C領域を考えた場合、専門性の高い人財が必要となるため、ジョブ型には「高度専門ポジション」があります。また、管理層以上では準ジョブ型の「基幹職ポジション」があり、役割の大きさに応じた職位が設定されています。メンバーシップ型人財は、管理職未満の人財が該当し、従来どおりローテーションによる育成や企業文化の伝承を目的として中長期にわたり育成が行われます。
ジョブ型のタイプは7つあり、それぞれに専門性を持ったスペシャリストを求めています。
ジョブ型人財は市場との連動性を考えて、その希少性に対応できるよう、独自に報酬を設定できる仕組みを用意しています。市場の動きをできる限り正確に捉えた上で対応しておかなければ、同社にとって最適な人財を必要なときに採用できないこともあり得るからです。
大卒の採用は、将来のジョブ型を意識しながら職種別に行っています。なかでも同社が注目しているのがモノづくり職や技術サービス職。ソリューションビジネスにおいては、技術サービス職が顧客のニーズをビジネス側に持ち帰ることが起点となるのです。このため同社では現在、技術サービスを志向する人財採用に注力しています。優秀な修士論文を書いた人を上から順に採るような従来のポテンシャル採用に加えて、職種別に適性の高い人の採用も行うようになってきたのです。
2020年、さまざまな人事改革を行った結果、社内は戸惑いを隠せない状況だといいます。江渕氏は、2021年は皆に腹落ちしてもらう期間であるとし、最後に次のようにコメントして、講演を終えました。
「なぜここまでのスピード感を持って人事改革を行っているのか、また改革をすることで、社員一人ひとりにもメリットがあるとわかってもらうようなメッセージを出していきます。会社が社会に対して価値を作ること、社員が個人の人生を豊かにすること。お互いのビジョンを共感し合い、手を取り合っていくための改革だということをわかりやすく伝えたいです。それがうまくできたときに、会社が大きく成長できると思っています」